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ご報告。



ここのブログは通りすがりさんくらいしかお目にかからないと思うのですが・・・
不育症の治療をしみぃを出産して2年がたちました。
みぃはスクスクを大きくなり関西人らしくおもしろおかしな娘さんですw
そして先日の7月5日にお姉ちゃんになりました。

ここのブログを休止したとき(その時の記事はコチラ)できれば3人目ほしい・・・
でも、みぃを授かるまでの苦労を考えると夢のまた夢・・・と正直ないと思ってました。

ですが去年の10月末に念願のマイホームを購入してお引越しをしたんですねー
その直後に引越しのせいかと思ってた異常な疲れと生理の遅れ・・・
生理は去年の6月の断乳後やっと落ち着いてきたかな?って状態だったので
まぁ遅れてても仕方ないよなーって軽く思ってました。
ただ引越しで重いものを運んだり、やっぱりもし妊娠してたら1日でも早く病院にって気持ちから
検査薬で試してみたところ陽性だったんですよね~まぁとっても驚きました。
それで慌てて診察してもらったんですが何故か今回は治療なしで大丈夫!って言われ・・・
何の薬も飲まず、おもーい悪阻と不安な妊娠初期を経て無事に出産できました。
ほんとは妊娠ブログとしてここで色々と綴っていきたかったのですが、
なにせ5ヶ月くらいまで悪阻が重く・・・また、みぃの相手してたら本家ブログすらまともに更新できずな日々で。

なのでこちらでの報告もどうしようかなって思ったけど・・・
なんとなく2年前「もし3人目が・・・」って書いて終わったので
治療なしで出産できたことも書きたかったので報告だけ書いておきます。

あ、ちなみに3人目ちゃんは男の子です。
簡単な出産レポは本家ブログにて書いてますのでお暇な方は覗きにきてやってください♪

そしてそして。
またここのブログは更新されない日々へ戻るのですが・・・
もし!もし・・・4人目なんてことになったら、またひょっこり報告します・・・
たぶん今度こそないと思うのですがw
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 結婚・家庭生活



このブログを始めて来月で1年なんですね。

始めたころは、これから検査して願うかわからない4人家族を目指してました。
そして諦めるべきか、頑張るべきかすらわからない状態でもありました。

周りの妊娠・出産ラッシュに悩まされ、なんども繰り返す科学流産にも耐え
知り合いの無計画すぎる妊娠に心の底から嫉妬したこともありました。
くわしくは書けないのですが、
妊娠してはいけない状況での妊娠で、本人も周りも望んでない状態だったので
すごくショックな出来事でちょうど科学流産した直後だったのもあり
「どうして?」って気持ちと同時に「あの人も流産すればいいのに」とまで
考えてしまってた自分がいました。
それを自覚した瞬間すごく自分を責め悩みました。
そんな風に思ってしまうから、自分はこんな風に子供に恵まれないんだ・・・と。
この事については2~3ヶ月ずっと悶々と悩み続けました。
でも結局悩んだところで自分の黒い気持ちは消えません。
なので、開き直って心の中でくらい悪態ついたっていいじゃないか。
って思うようになったら自然と黒い気持ちも薄れていきました。
(今でも、その知人とは距離をおいてますけど・・・)
心から祝う気持ちまではやっぱり難しいですが
「無事に産まれてきてほしい」とは思えるようになりました。
この時のストレスで一気に基礎体温が乱れ無排卵状態になったので
結果的にPCOを悪化させる一番の原因になったんじゃないかと今では思います。

実際に自分が無事に出産を終えると、また考え方が変わるかなぁって
思っていましたがあんまり変化ありません。
その知人に対してはやっぱり理解できないし仲良くもできそうにありません。

そして過去の流産のトラウマなども出産を機に乗り越えられるかな?
って思ってたけど、あまり変化はないです。
出産が終わってからの内診でもやっぱり器具を入れたり、
あの器具のカチャカチャした音を聞くと手術のときを思い出して体中に力が入ります。
きっと今後なんど妊娠して無事に出産したとしても
忘れることなんてできないんだろうなって思う。

それでも機会があれば3人目の出産を目指して頑張るかもしれません。
PCOは体質改善など自分の努力でよくはなります。
排卵障害さえクリアできれば自力での妊娠は前みたいにできるはず。
あとは妊娠がわかりしだい薬を服用すれば・・・
今回みたいに出産できるんじゃないかって思っています。
絶対に無事に産める!とは思ってませんが・・・。
それでもみぃがちょっぴりお姉ちゃんになったら
自然に次の妊娠を待ってみようかなって今は思ってます。
もちろん、それまでにPCOがよくなるよう自分の体をしっかりと整えて。
考えが変わって、また治療で妊娠を目指すかもしれませんが・・・
その時は、またここで治療について書くと思います。

そして治療か自然かわかりませんが、
もしまた妊娠できたらその時の薬のこと、思ってること、妊娠経過などは
本家ブログじゃなくこちらで書き綴っていきたいと思ってます。
それまで、ここのブログはいったん更新停止とさせていただきます。
今まで読んでくださってありがとうございました。

立ち上げから1年たたずという短期間で無事に妊娠・出産ができたこと
みぃをこの手で抱くことができたこと、本当に幸せです。
またきっと、ここで新たに「産まれました!」って書けることを祈って・・・



※今後は本家ブログにてみぃの育児日記は書いていきますので
 ぜひぜひ遊びにきてくださいね♪

 本家ブログ→TAMI★CAFE

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ひとりごと  結婚・家庭生活



レポ記事しめときながら書き忘れがあったので番外編を・・・腟

12年前、20歳という若さで父親になり
「子供が嫌いだから」と今まであんまりいいパパじゃなかったロン。
30歳になりまわりの友達もパパになった人がふえ自然と成長したようで
今回の妊娠-出産では一番変化した人物じゃないでしょうか腟ハート

もちろん基本とても優しい人なので、そのへんは変わりません。
昔も妊娠中は優しかったし、子育ても手伝う気はあったと思います。
でも若さゆえ「遊びたい」気持ちもあり、たみの親が当時かなり世話をやいてくれ
しょっちゅう家にきてたので上手に育児に関われなかった環境だったのです。
なのでロンだけが悪いわけじゃなく仕方がなかったのかも。
ゆとは今でもあまりロンとコミュニケーションが上手にとれないので
その辺は可愛そうなことだとは思いますが、そういう親子関係もありでしょう・・・
一昔前の頑固一徹な父親と、そんな父に近寄りがたい息子って感じです。

そんなロンですが、
みぃがお腹にいるときから「どんな子よりもまだ見ぬみぃが一番ハート右
と発言するくらいの子煩悩パパになってしまいました。
つねにお腹に話しかけ、産まれた今では毎日「カワイイカワイイ」と連呼しています。
人ってここまで変わることができるんだなぁって不思議なくらい。
慣れないから、へたくそだけど育児にもとっても積極的だしw

あと・・・一番驚いたのが立会いの話。
じつは後から母に聞いたのですが分娩室に先にたみが入り準備をしてる時
ロンはこの期に及んでまだ「ほんまは立ち会いたくないねん・・・」と言ってたそう。
はじめは「これが最後かもしれんから腟」と、
熱望してたたみへの優しさだけで立ち会ったのです。
しかも絶対に血は見たくない腟って言ってたのに座った場所は、たみの真横。
これも、あとで聞いた話ですが・・・
みぃが産まれたとき、血どころかへその緒と一緒に流れ出てくる
いろんなモノ(胎盤その他もろもろ)見事にすべて見えたそうです。

でも、その時はそんなのどうでもいいくらい感動してたらしい。

たみは「必死で産む」ってのを見てもらって少しでも出産って大変なんだってのが
伝わって今後の子供たちとの触れ合い方が変わればいいなぁってくらいにしか
考えてなかったんだけど思った以上の効果があったようで・・・
9月に出産を控えてるけど立会いはしないつもりの兄夫婦に
「立会いはするべきびっくり」「あの体験をしないのは人生損するびっくり
と熱く語るほど感動的だったようで、その効果にはたみもびっくりです腟きらきら
実際なにをそこまで感動したのか聞いてみたけど・・・
うまく言葉にはできないそうで・・・腟
でも「確実に親子の絆は深くなる」と、これまた信じられない発言してましたw

12年前に立会いしてたら何か変わってたか?と質問してみましたところ・・・
「30歳を超えて落ち着いた今だからやと思う」との返事が返されました。
しかも退院後「あの壮絶な陣痛の痛みはもう忘れた」と発言したら
すぐさま「じゃぁ年子でもう一人頑張ろうかハート2」と、また信じられないことを。
「出産前は3人目いらなくはないけど、すぐはいらないなー」
って言ってた人が・・・どの口がそんな事いうの!?って驚きました。
もちろん年子でなんて絶対ムリなので丁重にお断りしましたが汗


まぁそんな感じで今回の出産、たみだけじゃなくロンにもいい経験だったようです。
そして陣痛室が分娩室の真横で、しかも扉は開けっ放しで音が丸聞こえ状態。
もちろん、ゆとも陣痛がきつくなっていく過程からみぃが産まれる瞬間までを
陣痛室で過ごし、出産シーンは見てないけどいろいろと感じることはできたはず。
12歳でこれから思春期→反抗期にさしかかるゆとですが
小さくて可愛い妹の誕生を目の当たりにし、
軽かったとは言え自分もこんなふうに産まれてきたってわかったと思います。
きっと、この経験はこれからのたみ一家にとっていいものに違いありませんキラキラ pkk


そして、こうやって振り返ってると
やっぱり「また産みたいなぁ」って気持ちになってしまいますw
あんなに大変だったのに・・・とっても単純ですね腟

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二人目妊娠・出産  育児



ここまでの話はこちら→出産レポ①*出産レポ②*出産レポ③

最後の検診で推定体重が3100グラムだったのに出てきてみれば2606グラム。
思わずロンと「ちっさ!w」と笑ってしまいました腟
助産師さんの話では羊水の量が少し多かったらしいです。
でも、いつ破水したのかすらわからなかったなぁ・・・
この陣痛の痛さはみぃがでっかいからだ!って思ってたのに
産んでみれば、ゆとと300ほどしか変わらない・・・
助産師さんに「いきみも下手だし、あんなに叫んで恥ずかしい」って言うと
「そんな事ないよ~大きさよりも骨盤が元々狭かったし上手だったよ」
って慰めてくれました。ついてくれた助産師さんがいい人でよかった・・・

ゆとの時は陣痛がマックスの時でも「ウーンウーン」くらいで、
あとは助産師さんの手をひたすら握り締めてたレベルの痛さで
しかも出てくる瞬間の骨盤にはまる感覚や産道を通る感触・・・
そういうの全部いまでも覚えてるくらい落ち着いてた出産でした。
だから今回は本当に自分でもびっくり・・・腟
思ってた以上の陣痛の痛さ、そして初めての導尿・・・
もう子供のように泣き叫んでた出産でした・・・はぁ恥ずかしいw
会陰切開&裂けたところの縫合の痛さなんてなんてことなかったよ・・・
ゆとの時はこの縫合時だけ「いったぁい!」て声出してたw


そうやってチクチクおまたを縫われてる時ロンったら・・・
無我夢中で体をきれいにされてるみぃを携帯でパシャパシャキラキラY
なんとも複雑な気持ちでそれを眺めながらおまたを縫われてました。
今回の縫合はなんだかとってもたくさん・・・
これまた、いっぱい裂けたんだなぁって思って産後の痛みを覚悟したけど
後から聞くと、細かくいっぱい裂けただけで傷自体はちょこっとらしい。
前は退院後もしばらくはまともに座れないくらいおまたが痛かったんだけど
それは痔になったせいもあって、今回は助産師さんのおかげで痔にはならず
おかげで翌日には円座なしでも座れるくらいでした。
そして恐怖だった後産も軽い生理痛レベルでとっても軽かったです。

軽産婦はお産が早く後が重いって言われてますが、
たみはまったくの逆だったようで・・・
まぁ、これはこれで、いい思い出かもって気がします腟ふきだしハート

思い出といえば、こちらは「いい思い出」とはいかないのですが・・・
縫合や胎盤などの処置が終わり最後にお尻の触診をされました・・・腟ビクッ
しかも結構ぐりぐりっと。
それまでの痛みが半端じゃなかったので痛さとかはなかったけど・・・

あ、あとちょっとした面白話を。
お産が近くなると自然と胎動は感じにくくなるって言いますが
みぃは臨月に入ってもずっと暴れっぱなしで、
なんと、さぁ出すよため息。。ってゆう直前までたみの脇腹を蹴ってましたw
キックが入るたびに心音にザザッ猫足ザザッ猫足とキック音が響いてて
めちゃくちゃ苦しんでたのに一瞬なごんでほっこりしましたハート
あれがあったから頑張れたってのもあります腟キラキラY


今日で産後2週間・・・振り返ってみると
とんでもなく想像以上に大変だった出産でしたが、
産後2日くらいは「もう二度とごめんだ」って正直思ってました。
でも・・・やっぱり忘れるもんですね。
授乳室へ通って必死にお乳を吸わせ、退院して24時間みぃの相手をしてるうちに
「3人目産んでもいいかも・・・」って自然に考えちゃいますねハート右
がっつり寝不足だしヘロヘロだから今すぐは無理やけどw


これで出産レポは終了です。
とっても長いお話にお付き合いいただきありがとうございましたLOVE


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二人目妊娠・出産  育児



ここまでの話はこちら→出産レポ①*出産レポ②


いったん、たみだけが分娩室へ入りいろいろと準備。
まだ7センチってこともあって自由な格好ができるようにって
足カバーとか剃毛はせず、分娩台もフラット状態。

病院の分娩台は、よくある膝をのっけてタイプではなく足置き場があって
いざ産むよ!って時はお尻が中に浮いてるタイプの分娩台です。

ゆとの時は膝を置くタイプで、しかも7センチでの入院だったので
陣痛室ぶっとばしての分娩台。速攻で足固定されしんどかったなぁ・・・
しんどすぎていったん固定はずしてもらったっけ腟
だから今回「まだ好きな格好してていいからね」って
言われた時はうれしかったなぁw

そして管を入れられ導尿処置・・・。
これがすっごい痛いびっくり陣痛でイターイイターイ言ってたけど
この時ばかりは「あ、あ、あーいたぁぁぁぁい!」と、これまた大絶叫。
でも、たぶん一番叫んだ瞬間だったと思う・・・
それが終わったら、ようやくロンが登場。
手術着に着替え、たみの横にスタンバイ腟鼻息
ここからは「呼吸で逃がせないようなら少しずつ息んでいいよ」と言われ
陣痛の波がくるたびに助産師さんが開きやすいようにグリグリ。
もう陣痛の痛みなのか刺激されてる痛みなのかわからず、

ひたすら叫ぶ。

そして呼吸法なんてどこへやらで力はオケツへため息。。
でもピークがすぎると、やっぱり必死でフーフー呼吸を整えるw
ゆとのときは、これができなくて心拍が下がって怖い思いをしたのですごく必死。
それでも呼吸が乱れてるからって酸素マスクをつけられる。ちょい凹む腟
もう一人バタバタと助産師さんが登場して、なにやら慌しい。
気がつけば分娩台はお産用にお尻部分がはずされていて
そそくさと足カバーがはめられていた。
陣痛がきたら体をさげてお尻を浮かした状態でいきむようにとのこと。

そして夜勤の先生を呼び出してるのが聞こえた。
「え?もう産まれるの??」と、あっけにとられたけどすぐに痛みに襲われる。
陣痛がくるたびに途中参加の助産師さんが頭を持ち上げてくれる。
でも痛さのあまり踏ん張れずに腰をひねってしまい怒られる腟汗

この時たみの意識は赤ちゃんの心音と口を閉じることww
ゆと出産時、注意されても口をあけて歯を食いしばってしまい
首と顔中の毛細血管がきれて、ものすごーく気持ち悪かったらしく・・・
自分ではわからなかったけど正面から見た人は衝撃やったらしい。
ロンは本気で「治るんかな・・・」って悩んだくらいだってw
散々その話を聞かされてたから今回はちゃんと口を閉じよう!って思ってたので。

そうこうしてる間に先生が登場。

ささっと麻酔され会陰切開はさみ
今回は、あのザクッ!って感覚の後にしっかり痛みがありましたデス・・・
あっ。いたぁーい・・・と言ってるうちに次々と陣痛がくるけど
1回の陣痛で上手にいきめるのは1~2回だけ。体力なさすぎw
こん時はもう陣痛がくるたびに脂汗かきつつ涙もボロボロ。
横に座ってるロンは声をかけるわけでもなく優しく顔を拭いてくれてました。
「あぁ~こんな醜態を見せたかったわけじゃ・・・」と思いつつも
嵐のような陣痛と格闘し、それから2~3回のいきみでみぃは出てきました。

出てきてすぐにお腹のうえで抱っこしましたが・・・
正直、感動よりは「あぁ~終わった~無事に出せた~」でしたw
はぁはぁ言いながら「みぃ・・・みぃ・・・」と頭なでてたんですけどね。
もしかしたら感動して泣いちゃうかも?って思ってたけど
そんな余裕はなく自分の呼吸整えるのに必死って感じでした。
達成感のほうが勝ってた感じですね。
ゆとの時は感動のほうが大きかったんだけどね~
やっぱ、楽だったから余裕があったんだろうな。

長くなったので、続きや前との違いやなんかは出産レポ④に書きます。


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